2009年9月10日木曜日

ブルース・スプリングスティーン 『I'll work for your love』


マジック

マジック

2007年10月にリリースされたアルバム『MAGIC』より。オリジナル最新作(2009年01月)の一枚前のもの。ブッシュ大統領のイラン・アフガン政策の真っ只中でリリースされた。

ロイ・ビタンの、どこかメルヘンチックな、美しいピアノの響きから始まるこの曲は、収録12曲中7曲目。アルバムの真ん中に位置し、もっとも、シンプルなロックンロール・ナンバーだ。

ピーター・バラカン氏が著書の中で、「私にとっての彼の一番の魅力は、日常会話で使うような表現で、とても深い世界を表現しているところ」だと述べているが、私も同感だ。加えて、サウンドと噛み合い渾然一体となってメッセージを伝えてくるのには、体の奥から感動させられる。

「俺はお前の愛のために働く(努力する)」という曲名。こんなどこにでもある表現が、彼の声とバンドサウンドに乗って歌われると、激しく心を揺さぶる。

ストーリーは、キリスト教の聖女の名である「Theresa」のために俺は懸命に生きる、というもの。3分30秒のBalladだ。聖書のイメージを下敷きにしながら描写されるのは、ヨハネの黙示録のような、悲惨な世界。

「文明の埃と愛の甘い残骸が/おまえの指先から滑り落ち/雨のように降り注ぐ」

「お前のロザリオは涙に濡れている/おまえの足元には、骨でできた俺の神殿/この地獄のような世界で俺たちは生き続ける」


「俺」は、そんな世界の中で、「お前の愛のために」努力する。「他の男たちが愛をただで手に入れようとする」(whatever oter may want for free)なかで。

力強いドラムとギターがサウンドを支え、繰り返されるメインヴァースでは、フィドル・ハーモニカ・激しいドラムが、繊細さと力強さを伝えてくれる。


彼の詩はシンプルとも言えるが、その詩世界は、深く、抽象的だ。ちょうど、最も美しく、硬く、単純な元素配列を持つダイヤモンドのように。

例えば、アルバムの最後に収めれている長年のマネージャへの鎮魂歌『Terry's song』では、彼の具体的な思い出は一切語られない。かれの人間性を推察できるのは、「神が、君を作ったとき、神は鋳型(the mold)を破壊した」という表現のみ。神はタイタニック号やピラミッド、モナリザを作ったが、君はそれ以上の存在だ、という意味だが、実際の彼はそんなに優れた人間だったのか。多分そうではあるまい。ごく普通の人間だったはずだ。しかし、スプリングスティーンは、人間や動物や優れたモニュメントを作った神を持ち出し、彼の死を抽象まで高める。そこに彼の芸術家としての才能を見ることもできるが、私は、彼の人間への深い愛、音楽に対する真摯な態度を見る。個人的・具体的な出来事を普遍まで高め、数多くの人間のために、作品を作る。もちろん、それを可能にするのは、ソングライターとしての高い技術だが。


このような、深い作品-同時に大衆的なサウンド-を、彼を「Boss」と慕うアメリカの労働者階級はどういう思いで聴くのだろうか。多分、彼が詩の奥に秘めた教養と広さを、きちんと理解してはいないだろう。しかし、大事なのはそこではない。それでもなお、多くの大衆から、何十年もの間支持され、尊敬され、現役のロックシンガーとしてコンサートホールを満員にしている、という事実だ。


「日常に根ざした魂の歌」をかける存在。様々な現実を、現代に生きる人間として苦闘しながら、音楽によりかからず、人々の為に作品を作り続ける存在。


日本には果たしてそのような存在はいるだろうか。いや、そんな事はどうでも良い。私は、今日も、彼のような存在がいる事を希望に生きていこう。

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